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バベル (映画を観てから読んでね。) [映画]

またまた、寡聞にして「バベル」の意味を知らない。
ま、おそらく聖書かなんかに載っていたんだろうな、横山光輝の漫画にも名前があったなぁ、程度の知識で作品を観た。先に「ハンニバル・ライジング」を観るところだったが、とある主婦の「ワケわかんない映画」発言が背中を押してくれたのだった。ありがとう。

・・・・・・・さて・・・・・・・

この映画の登場人物全員は、各々の人生で何かを「失う」。
いや、彼らのみならず人間は誰でも、いつか必ず大切なものを失ってしまう宿命なのだ。
そして一番悲しいのは、命を失ってしまうこと。そこから、もう後戻りはできないのだから。
逆説的に言えば、不可逆的な死が訪れない限り人生の可能性は残されていると言える。

また同時に「障害」も世代間、民族間、地域間等様々な場面に存在する。

モロッコの善良な羊飼いの一家が失ってしまった様々なもの。
長男の死はかけがえのないものとして一家に暗い影を落とす。
次男と長女の不埒な衝動を理解できない父親。
いったい彼らが何か本質的な悪事を働いたのだろうか?
信神深く真面目に生活している彼らに悪事など心に存在しない。
しかし、そんな彼らとて不幸は常に隣り合わせに存在している。

長男を失い、それが原因で夫婦関係もこじれてしまった夫は、旅先で妻をも失いかけた。
観客はさらに二人の幼い子供たちを亡くすかもしれない絶望感に包まれる。

音を失ってしまった少女は、さらに母をも失った。そして、今度は自分も捨てようとしている。
母親の自殺を自分の心底にある破滅願望と結びつけ、その原因を父親への憎しみとして表現する以外に手段がない。破滅願望は、やがて彼女をベランダへと導き出す。

彼らは皆それを「失う」直前までは幸福だった。だが、気づかない。
失って初めて気づく。
つまり我々は、常に「失う」直前に生きているのだ。
だからこそ、今を感じなければいけない。
そして残された者たちこそが、可能性のある未来を信じ続けなければいけないのだ。


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「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」('02年ドリームワークス) [映画]

レオ様+トム・ラングドン・ハンクス。

まさか、この映画にDSだの2cvだのが登場するなんて思いませんでした。フランスのDSパトカーは、個人所有のクルマを集めてきたのかな?かなりハードな走り方してましたけど、持ち主は気が気じゃないだろうなぁ。ま、個人所有かどうかもわかんないのでど~でもいい話ですが。

しかし、スピルバーグもどうしてこの作品を選んだんだろ。クルストファー・ウォーケンやマーチン・シーンといった脇役がいながらストーリーに深く関わってこないのはもったいないし。何故?という印象を持っちゃいました。

彼が監督ならば、然るべきエンディングが用意されていると期待してしまうのは仕方がないと思うんだけれど、スンナリと終わっちゃうし。

ま、ってなわけでした。


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